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日中の競馬熱と奇妙?な日本馬の「香港名」

「ウマ娘」ブームが現実の競馬に波及した2021年

今年もコロナ禍の影響下、いわゆる「巣ごもり需要」の中でも、自宅にいながらにして楽しめる娯楽産業が大いに業績を伸ばした一年でした。ボードゲームなどアナログなおもちゃの売り上げが好調といったニュースもありましたが、やはり売り上げの主役はインターネットを利用したデジタルなサービスでしょう。

なかでも今年は「ウマ娘」が大きな話題になりました。
これは実在の競走馬をモデルにした美少女キャラクターを育成し、ビッグレース制覇を目指すというスマートフォン向けのゲームです。リリースからわずか3か月で約300億円を売り上げ、2021年ネット流行語大賞にも選ばれるなど、拡大しきって伸びしろがもうないと思われた携帯ゲーム市場をさらにもう一段階押し広げました。

これは競馬ファン層をゲームに取り込んだことがヒットの要因のひとつと言われていますが、一方で今まで競馬に興味がなかったゲーマー層が「ウマ娘きっかけで実際に馬券を買ってみた」という現象まで巻き起こしました。
先述の通り、そもそもインターネットを通して自宅で馬券購入が可能な競馬は“コロナ禍に強い”娯楽産業ではありますが、娯楽の多様化が進む昨今にあって日本中央競馬会の10年連続売上増という結果に「ウマ娘」は少なくない影響を与えたことでしょう。

1990年代初頭に社会現象を巻き起こしたオグリキャップを検索すると、実際の馬よりも「ウマ娘」のキャラクターの方が多く表示される

ギャンブル禁止の中国における例外「香港競馬」

さて、そんな日本では年末恒例のビッグレース有馬記念が今年も大いに盛り上がりましたが、その少し前に中国・香港で競馬の国際競走が開催されたことをご存じでしょうか?

日本をはじめとするアジア各国と同様、19世紀中ごろの欧米による影響のもと、中国でも近代競馬の歴史がスタートしました。法律上ギャンブルが禁止されている中国にあって、香港は賭博行為を含む競馬開催が行われている数少ない地域(特別行政区)です。
香港の競馬熱は非常に高く、コロナ前には年間およそ1.7兆円の売上があり、これは日本・アメリカに続く規模です。
(最近、中国本土での競馬開催のため香港ジョッキークラブが大規模投資を発表したというニュースもありました。中国が本格的に競馬に参入するとなれば日本の競走馬生産牧場はもちろん、各種関連産業に大きな動きがあることでしょう)

毎年12月に外国馬を招いて開催される香港国際競走は、レースの格や賞金の高さはもちろんのこと、ヨーロッパやアメリカに比べ輸送距離が短いこともあり、毎年日本馬が多く参加します。今年も日本から12頭のトップホースが計4つのレースに出走しました。
見る者の心を揺さぶる白熱のレースが繰り広げられましたが、今回取り上げたいのは「馬の名前」についてです。

香港で走る馬にはすべて「香港名」が付けられる

日本の競走馬の名前は「カタカナ2文字以上9文字以下」で、公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナルの審査に通ったものに限られます。その多くは、『語感の良さや強そうな意味の外国語を用いたもの(例:ディープインパクト Deep Impact)』や『日本語と外国語の組み合わせ(例:キタサンブラック 北三(馬主が北島三郎さんだから)Black)』などです。

そして日本馬が香港の競馬に出走する際には、英語と中国語の表記が付与されます。

この香港における中国名、いわゆる「香港名」は主催団体である香港ジョッキークラブの翻訳部門で決定されるのですが、先ほどのディープインパクトの香港表記は「大震撼」。これは日本人でもニュアンスを理解しやすい例ですが、なかには「?」と首をかしげてしまう香港名が毎年あります。

今年の香港国際競走に参加した日本馬の香港表記を、中国語が堪能なLIスタッフにあえて「単語の翻訳」という観点から感想をもらいましたので、いくつかご紹介したいと思います。(ちなみに協力いただいたスタッフは競馬のことをほとんど知りません)

●レシステンシア
香港表記:拉丁城市
レシステンシア(Resistencia)は、アルゼンチンの都市。香港表記を直訳すると「ラテンアメリカの都市」。そう言われればそうなのだけど、なんか説明的なネーミング。

●ラブズオンリーユー
香港表記:唯獨愛你
日本語訳すれば「あなただけを愛している」。英語=中国語=日本語。そのまんまで超わかりやすい。

●ダノンスマッシュ
香港表記:野田重撃
ダノン=野田は、馬主が野田さんだから。英語でsmashは強打というニュアンスなので「重撃」に。大変わかりやすい。

●レイパパレ
香港表記:麗冠花環
由来は母シェルズレイ(ハワイで用いる貝殻で作った首飾り)の「レイ」から、ハワイの「レイ」(頭・クビ・肩に飾る花飾り)の連想で「花の環」。ハワイ語で帽子の意味する「パパレ」には「儀礼用の冠=帽子」を意味する「麗冠」を用いて「麗冠花環」。シャレている。

●ピクシーナイト
香港表記:妙發靈機
由来は母ピクシーホロウ+騎士とのこと。「妙發靈機」を無理やり訳すと「奇跡的なひらめき」。うーん、どこにも騎士の要素がない。ホロウがhollow(虚ろ)なら「ひらめき」にはならないし、“ピクシー=妖精”の存在は“奇跡的”というのはあまりに好意的な解釈か。そうだとしても騎士はどこに?

ついつい気になる名前は「工夫と情熱の証」

日本人でも理解できそうな命名もあれば、意訳やむしろ全く関係ない意味の命名までさまざま。これは香港ジョッキークラブ内にも名前に関するルールがあり、「漢字で4文字以内」「過去の競走馬との重複を避ける」「不吉・不快な意味にならないようにする」などの制約が日本馬の香港名にも反映されているのでしょう。

また、香港は広東語が主に使われる地域ですが、意味より広東語での発音と日本語馬名の発音を近づける、または意味と音の両方から導き出されるイメージで馬名の真意に重ね合わせるといった手法も使われます。
先ほどの例で言うと、レイパパレに「麗冠」の文字を用いたのは、「麗冠」の発声が「リーグァン」であり、意味だけでなく「レイ」に音感が似ていることによると推測されます。(ちなみに広東語は中国における方言の一つですが、日本における関西弁といったレベルの違いではなく、ほぼ別の言語と言えるほどの違いがあります)

もちろん競走馬はサラブレッドなので、その馬の父や母のエピソードといった血統的背景が香港名に込められる場合もあります。ピクシーナイトの父モーリスは生まれも育ちも日本ですが、香港最高峰の国際レースを“奇跡的なひらめき”によってか3勝もしています(それが息子「ピクシーナイト=妙發靈機」の直接的な命名理由かどうかは妄想です)。
そのため日本馬の香港名を字面で見ただけでは、単語としてはそれが奇妙に見えることもあるのです。

このような名前に関する工夫は、日系企業が中国展開する際の現地法人名・ブランド名にも用いられることがありますね。

日本でも中国でも名前は重要なブランドアイコンです。誰にも気に留めてもらえなければそのもの自体の価値を損なってしまいます。
そういう意味では、納得の素敵な名前であれ、おや?と思う変わった名前であれ、人の心を惹きつける名前というのは、関係者が少しでも多くの人の心にその名前が響くよう知恵を絞った、工夫と情熱の証なのかもしれませんね。

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