約10兆円市場とも言われる抖音。しかしサービス対象を実質中国人に限定しています。そのため抖音が生み出す新しいビジネスや文化が、日本人に伝わるまで大きな時差があります。ならばそれを利用して、一足早く「世界を変えた新しいアイデア」に触れてみませんか?
抖音(ドウイン/Douyin)…中国で1日4億人が利用するショートビデオプラットフォーム。日本や欧米ではTikTokの名称で高い人気を誇る(ただしTikTokアプリでは、抖音に投稿されている動画を見ることはできない。その逆も同様)。スマホ利用にあわせた短時間・縦型の動画形式、スマホだけで子供でもできる動画編集システム、巨大ブーム創出型AIによる動画シェアなど動画SNS業界に多くの革新をもたらしている。
【今回のテーマ】「张同学(チョウドウガク)」シリーズ
※上記の動画は再生ボタンクリックですぐ再生できます(他サイトへの移動はありません)。他の张同学さんの他の大人気動画をご覧になりたい方は下記リンクより、抖音PCサイトにてお楽しみください。
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抖音発最新メガヒット動画が示した「郷愁とテンポ」
この年末年始における抖音最大のヒットと言えば、間違いなく「张同学」だ。
彼はわずか2か月で1,000万人のフォロワーを獲得し、一種の社会現象を起こしている。そんな彼の動画シリーズで映し出されているのは、中国の田舎に住む普通のおじさんの日常だ。
例えば最も再生されている動画のストーリーはこうだ。
朝起きて、犬と鶏に餌をやり、自分も朝食を食べる。山に柴刈りに行き、昼寝をする。近所の個人商店で買い物をし、夕食を作って食べる。
感情を揺さぶる劇的な展開も、派手なハプニングもない。
しかしこの動画には小気味の良いテンポと同時に、スマホのカメラを構えることに慣れた多くの動画投稿者が見落としていた「細かすぎる田舎の日常」を奇妙なほどの執着心で見つめ続けている(例えば玄関に南京錠をかけるカットが繰り返し動画に挿入される)。
それはもはや「あるあるネタ」のように強調されて見える。「そうなんだよ!」と笑うと同時に、多くの中国人の郷愁をさそった。
そう、「张同学」がヒットした最大の理由としてよくあげられるのが、この動画が『田舎あるある』であり『あの頃あるある』であったということなのだ。
中国では30代以上の人のほとんどが、「张同学」のような生活をしていた経験がある。その「昔ながら」の生活はこの20年の中国の凄まじい経済成長によって近代化され、生活の質は大きく向上した。しかし多くの大人の心の奥に、過ぎ去ってしまった過去への憧憬とある種の申し訳なさが燻っている。日本でいえば『三丁目の夕日』が多くの日本人の心に響いた感覚に近いかもしれない。
ちなみに「张同学」を日本語に直訳すれば「級友の張さん」。
ただし「同学」にはクラスメイト以上の関係性が含まれる場合があり、今回のニュアンスとして一番近い日本語は「同期の桜」かもしれない。そんな彼が中国の片田舎で昔ながらの家に住んで、あの頃みたいに暮らしている。
この「同学」というのも動画を見る人それぞれの郷愁を呼び起こす言葉の仕掛けだ。
もうひとつの特徴として、「张同学」シリーズは1本あたり平均8分前後と非常に長い。
抖音の動画といえば1本あたり通常20秒~30秒、小ネタやハプニング動画なら5秒前後といったものが大半を占める。
普通ならばこんなに長い動画は最後まで視聴されることなくスキップされてしまうものだが、「张同学」の動画は1シーンが15秒前後の上にカット割が細かいので見ていて飽きないテンポがある。
実質ショートムービーの集合体のような構成のため、抖音に慣れたユーザーも飽きずに最後まで視聴できるのだ。中国語が分からずとも伝わるこのテンポの良さを、ぜひ実際に動画で見て体験してほしい。
「知名度」で稼げるマーケットが成立する時代
さて、この一大ブームによって彼はある企業から約1億円の契約オファーを受けたが、それを断ったことをインタビューで明かしている。抖音でインフルエンサーであることは、ビジネスにおいてそれほどの価値があるのが現在の中国だ。事実彼は初のライブ配信において「投げ銭」で約5,000万円を得たと推測されている。
今後彼は田舎の良さをPRするビジネスを展開するつもりだという。わずか一回のライブ配信で大金を稼ぎ出す現在の彼の影響力はどんなビジネスにも有利に働くことだろう。
しかしたった2か月で人生が激変するという現在のSNSの凄まじさを象徴するような事象が、かつての中国への郷愁をさそう動画だったというのは面白いものだ。